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仙台高等裁判所 昭和27年(う)502号 判決

控訴人 被告人 清水正衛

弁護人 逸見惣作

検察官 樋口直吉関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

但し本判決確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人逸見惣作の陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人及び被告人各名義の控訴趣意書の記載と同一であるから茲に引用する。

弁護人名義の控訴趣意第一、二点について。

記録を調査するに、原審は第三回公判期日に証人立石熊好を尋問し、同第四回公判期日に検察官は証拠書類として立石熊好に対する検察官作成の供述調書の取調を請求したのに対し弁護人は其の証拠調の請求に異議があると述べ次いで検察官は右供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として取調を請求すると述べ裁判官は右供述調書について証拠調をする旨の決定を宣し、同第五回公判期日に右の証拠調をした旨の記載があることは明らかである。しかして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の規定により証拠とすることが出来る書面については検察官は必ずその取調を請求しなければならないことは同法第三百条の明定しているところであるが其の取調請求は証人尋問の期日内でなければならないというが如き規定は存しないのであつて斯る要件を具備している書面については検察官に自由裁量の余地を与えず取調の請求をなすべき義務を負わしめたに過ぎない。しかるに

本件においては前記のとおり検察官は原審第四回公判期日に弁護人の同意を条件として其の取調を請求したところ弁護人は其の証拠調の請求に異議があると述べたので刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書類として其の取調を請求しているのであるからこの点の訴訟手続に関しては何等の違法も存しない。

次いで右取調請求に係る書面につき原審は刑事訴訟規則第百九十条第二項による弁護人の意見聴取の手続を履践した旨の記載がないのでその意見を聴取せず直ちに証拠調をする旨の決定をしたことを窮知しえられるが弁護人より之に対し直ちに適法な異議を申立てた形跡が存しないのであるから右訴訟手続の瑕疵は治癒されたものと認めるべきであるからこの点に関する所論も採用の限りでない。なお弁護人の同意を条件として証拠調を請求した際弁護人が其の請求に異議があると述べたとしても其の後前記の如く刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として証拠調を請求した際改めて適法な異議を申立ない限り前段の異議は其の後の請求に対し効力が及ぶものでないこと明らかであるから後者の請求に対し証拠調をする旨の決定をする前これにつき異議申立に対する決定をしないのは当然であつてこの点に関する所論も採用の限りでない。

次に原審は前記立石熊好に対する検察官の供述調書を取調べる旨の決定をする前幾多の証拠を取調べ既に同供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の各要件を具備していると認めうる情況にあることを推認しえたことを窮われるのであるから所論のような調査もせず漫然証拠調をして採証した違法があるということは出来ない。従つてこの点に関する所論も採用しない。以上のとおりであるから論旨は到底認容の限りでない。

同第三点について。

原審第四回公判調書を通覧するに検察官は証第一ないし第二十六号の書類を証拠物として取調を請求し弁護人は其の書類を証拠とすることに同意し、証拠調の請求に異議がないと述べ裁判官は証拠調をする旨の決定を宣し次いで検察官は各証拠物を順次展示して裁判所に提出した旨の記載があることを確認しうるのであつてこれらの書面は証拠物として大部分書面の意義が証拠となる性質を有するものと推認されるのであるから其の取調方式はその部分については刑事訴訟法第三百七条に則つてなすべきであること明らかである。しかし原判決は之等の証拠物について直接証拠とし事実認定の資料として採用していないのであるから右訴訟手続に法令違背があつたとして原判決破棄の事由となすことは出来ない。なお原審第三回公判調書によれば証人立石熊好を尋問中証第十六号に該当する雑記帳を示していること及び原判決の記載によれば右証言を有罪事実認定の証拠としていることは執れも明らかであるが右証人に示した証第十六号は同人が被告人に渡した金額を記載してある帳簿に該当するという丈であつてその記載に基き内容の尋問に立入つている訳でもない。斯る証言を採つたからといつて証第十六号の証拠調手続の法令違背が判決に影響を及ぼしたものと断ずることは妥当でない。論旨は理由がない。

被告人名義の控訴趣意中原判示第二事実は認めずとの点について。

所論は原判決中第二事実については事実誤認であるとなすものと解するので原判決を調査しこの点に関する挙示の証拠を綜合して考察するに同事実は優に認定しうるのであり記録を精査するもこの点に関し原判決には事実誤認を窺うべき事由はない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第四点及び被告人の其の余の控訴趣意について。

記録を仔細に調査し所論の事情を斟酌考量するに原判決の量刑は重きに失する不当があると認めるのでこの点で原判決は破棄するを相当とする。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書に基き当裁判所において更に次のとおり判決をなすべきものとする。

原判決の確定した事実に法律を適用するに被告人の各所為は刑法第二百五十三条に該当するところ右は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により最も重いと認める原判示第二の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役壱年に処すべきところ情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二十五条に則り本判決確定の日より参年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により被告人の負担たるべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

被告人の控訴趣意

第一項は之を認める。

第二項は全文之を認めず。

第三項、第四項は之を認める。

前記横領金額は被害者に全部弁済し被害者側には実害ない現状である。これについては被告人は家屋敷は全部売払へなほ老令にして日常苦難の生活を続け居る現状であり、加ふるに長女は本年医師免許証を受け近く開業の運びにあるので本人将来のため影響するところ大なるを思はれるので何卒特別の御取計により執行猶予の恩典に預り度く御願する次第であります。

弁護人逸見惣作の控訴趣意

第一点原審第三回公判において証人立石熊好を尋問し同第四回公判において検察官が被告人及び弁護人の同意を条件として立石熊好の供述調書において証拠調の請求したのに対し異議を申立てたので検察官は改めて右供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として証拠調を請求したところ原審裁判官は右供述調書について証拠調する旨の決定をなし同第五回公判において証拠調をしたのである。

然し検察官に対する立石熊好の供述調書は刑事訴訟法第三百条によつて検察官は必ずその証拠調を請求しなければならない書証であるが同条の規定は真実発見の要請に由来するものであること勿論であるが同時に憲法第三十七条第二項が被告人に保障して居る反対尋問権を確保し被告人の保護を図る趣旨もあるのであるから検察官に対する供述調書が公判期日における証言よりも被告人に利益であるに拘らず検察官がこれを法廷に顕出しない場合又は検察官がその証人が証言を終り法廷を立去つてから被告人に不利益な検察官に対する供述調書について突然証拠調を請求して憲法第三十七条第二項が被告人に保障して居る反対訊問権を無意味ならしめるが如きことのないようにしなければならないのであるが原審においては第三回公判で証人立石熊好を尋問しながら検察官は立石熊好の検察官に対する供述調書の証拠調を請求しないで第四回公判で突然被告人及び弁護人の同意を条件として右供述調書の証拠調を請求したので(公判調書には同意を条件とする証拠調の請求した旨の明確な記載はないが右のように解すべきものと思う)弁護人は右証拠調の請求は違法であるとして異議を申立たところ検察官が改めて右供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として証拠調を請求したのであるが右請求と同法第三百条に違反する証拠調の請求には変りがないのであるから右異議の申立は右請求に対しても当然その効力が及ぶ筈なるのに何等の決定をしないで直に右供述調書を証拠として採用し第五回公判で証拠調をして被告人の反対尋問権を結果において無視しおさえこれを判決理由中に証拠として挙示して居るのであるから原審の訴訟手続に法令の違反がありその違反が判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は破毀すべきである。

第二点原審第四回公判において検察官は被告人及び弁護人の同意を条件として立石熊好の検察官に対する供述調書の証拠調を請求した際弁護人は直に右供述調書の証拠調の請求に対して異議を申立たので検察官は改めて右供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として証拠調を請求したのに拘らず原審裁判官は直に右供述調書を証拠として採用し第五回公判で証拠調をしたのである。

(一)然し証拠調の請求ある場合は刑事訴訟規則第百九十条第二項に基いて裁判官は相手方又はその弁護人の意見を聴いてその採否を決定すべきものなるに原審裁判官は第四回公判において検察官が立石熊好の検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として証拠調を請求した際全然被告人及び弁護人の意見を聴かないで直ちに右供述調書を証拠として採用し第五回公判で証拠調をして居るのである。

(二)又原審裁判官は第四回公判で検察官が立石熊好の検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書証として証拠調を請求したとき右供述調書の記載が立石熊好の公判における証言よりも信ずべき特別の情況があるかどうかについて検察官に対して釈明を求めたり立石熊好を尋問したり或は他の証拠と比較検討する適宜の調査をして一応所謂特別の情況があると認めた場合でなければこれを証拠として採用し証拠調をなすべきでないのに原審裁判官は何等特別の情況について調査しないのみならず立石熊好の検察官に対する供述調書の任意性さえも確めないでその判決理由中に証拠としているのであるから原審の訴訟手続には法令の違反がありその違反が判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決はこれを破毀すべきである。

第三点原審第四回公判において検察官は証第一号乃至第二十六号の証拠物について証拠調を請求し原審裁判官は右証拠物を証拠として採用し証拠調をしたのである。

然るに右証拠物は何れも刑事訴訟法第三百七条所定の書面の意義が証拠となるもの所謂証拠物たる書面であるからこれを取調べるにはその証拠調を請求した者をしてこれを展示させ且つ朗読させなければならないのであるが検察官は右証拠物を展示して裁判所に提出したことは第四回公判調書で明かであるがこれを朗読した記載はないのであるから展示したのみで原審裁判官が朗読をなさしめ又は自ら朗読しなかつたものと断ずる外ないのである。だから原審の訴訟手続には法令の違反があるというべく併も右証拠物は数多く経験則上原審裁判官の心証形成に何等の影響を与えないものとは考えられないのみならず証第十六号雑記帳の如きは第三回公判で尋問した証人立石熊好にこれを示して居り且つ同証人の証言は原判決がこれを証拠として引用して居るので判決に影響を及ぼしたこと明かであるから原判決は破毀すべきである。

第四点原判決は判示第一乃至第四の事実を認定して被告人を懲役一年に処したのである。

然し(一)被告人は安積中学校卒業後大正三年三月白河区裁判所雇となり同六年四月裁判所書記に任ぜられ若松区裁判所、白河区裁判所、福島区裁判所書記を歴任し昭和十二年八月退職して同時に若松区裁判所所属執達吏となり同十八年八月白河区裁判所所属執達吏に転勤したのであるが本件犯行まで何等の過誤を犯さず従七位勲八等に叙せられ恩給年額九千八百円を賜つた程であるから被告人に出版法違反による罰金刑の前科あるとしても従前の生活態度は特に非難すべきところなく勿論生来の犯罪者でないことは明である。

(二)本件犯行の動機は被告人が動産不動産見積約五十万円を有するとはいうものの一ケ月の収入約一万円で夫婦の生活費並に福島医学専門学校在学中の長女和子の学費に窮した結果に外ならない。被告人の資産収入をもつてしては決して生活困窮者とはいい難いけれども世界を挙げての軍備拡張は国際経済を漸次インフレに陥入れつつあるのであつて被告人が五十万円程度の資産を有すればとて決して安楽な生活をなし得ないことは日々我々が身をもつて体験して居るのである。だから被告人が和子を医学専門学校卒業させるためには無理せざるを得なかつたのである。従つて被告人が横領した金員は悉く生活費並に学費として費消したのであつてそれを酒色のため濫費等して居るのではない。

(三)被告人が(イ)吉田清治の委任による大槻一彌に対する金三万円の強制執行は一彌が無資産のため執行不能となつたのであるが清治の娘が病気入院中であることに同情し熱心に一彌の父母を説得して金参万円を取立たのであつて本来執行吏の職務以外の仕事であるので正規の執行吏手数料を徴することができなかつたので清治に交渉して金五千円を報酬として貰い受け金二万円也を交付し残金五千円の交付を待つて貰つたのであるから厳格にいうならば被告人の横領した金額は判示第一の如く金一万円とはいい難いのである。然るに被告人は司法警察員の取調を受けるや金一万円を清治に返還したのであるから清治の実害は全然ないのである。(ロ)高原益の委任による立石熊好に対する金十万円の強制執行をして被告人は貨物自動車一台及び中古自転車一台を差押えたのであるが当時熊好は肺結核で病床に在り被告人に歎願したので同情し序々に分割支払させようとして数十回熊好方に赴き僅宛取立たので多少まとめて益に交付する方途に出たのであるがその間に旅費手数料として熊好から支払を受けた金員との区別判然しなくなり益のため保管中の金二万三千七十円を横領費消する結果となつたのであるが益は被告人から五万円を角田弁護士より金一万円をそれぞれ受取つて居るのみならず貨物自動車一台を金四万円で競落して居るのであるから金十万円の債権は殆んど全部回収したこととなつて被害は極めて僅少なのである。(ハ)福島県南酒類商業協同組合の委任による秋山泰造に対する金十万円余の債権の強制執行として被告人はホーロー引タンク一本を差押えこれを競売し競売人高久田広吉から競落代金三万円を受取り保管中これを横領したとはいうものの被告人は既に全額を弁償しているのである。(ニ)白河区検察庁検事から東北鉄道用品工業有限会社辻本才一に対する罰金徴収命令により才一方において差押をなし二回に合計金一万円を受取り保管中横領したのは事実であるが被告人において才一のため罰金一万円を納付したので才一及び検察庁は全然迷惑を蒙つて居ない。

(四)被告人は本件犯行発覚当時から既に自ら悔悟し被害者に対する弁償に努めて来たことは本件記録上明であり今後速かに弁償するつもりで居るのである。併も刑罰の究極の目的は応報ではなく被告人を速かに社会に復帰できるように教育することにあるのであるが刑罰の目的は奈辺にあろうとも刑罰を加えられる者にとつては現実には堪え難い害悪であるからこのような害悪を加えることが許されるのは将来のより大なる害悪たる犯罪を予防せんとする場合又は予防できるであろうと期待される場合にのみ是認されるのである。従つて被告人の如く既に自ら悔悟し法の前に恐懼して居る者に対してもなお害悪を加えるが如きことは本来許すべからざることである。何故なら刑の目的は充分に達せられて居るからである。それのみたらず被告人は本件犯行の結果職と恩給を失うのであろうから以上諸般の事情を考慮するときは被告人の刑を更に軽減しその執行を猶予するのが相当であつて原判決は刑の量定を誤つたものであるから破毀すべきである。

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